16日目(2019.12.4)
朝5時、安芸市球場前駅の東屋に張ったテント内で目覚める。
寝袋にスッポリ入っている時は暖いが、トイレに行くため寝袋から出ると、めちゃくちゃ寒い。テント外での用事は1度で終わらせたいので、洗面道具や給水ボトルも持って行き、震えながら次々と用事をクリアする。
急いでテントに戻るとホンワカ暖かくて、小さな幸せを感じた。
夫も起き出し、寒がりながら上半身をテントから出して朝食を作りはじめた。
と、その時、どこからともなく65才くらいのオジサンが現れ「ここで寝てたのかい? 寒かったでしょう? 今朝は3℃まで下がったからね。」と話し出した。人懐こく、話好きなオジサンは「俺はナス農家に働きに行ってて、6時になったらここに車が迎えにくるんだ。」と言う。 6時? 今5時半だから、もしかしたらオジサンは6時まで話し続けるつもりなのだろうか…。若い時は自衛隊で、その後は24年間漁師をやっていたというオジサンの身の上話を聞きながら、私はテントに吹き込む風に身震いしていた。寒い。もう少しで朝御飯ができるから、出来上がり次第、瞬時にテントの出入口のファスナーをピッタリ閉めて、ホカホカのお茶漬けと味噌汁を食べたい。などと考えながら、オジサンの話をうわの空で聞いていた。 しかし、ちょうど朝御飯ができたタイミングで、前触れもなくオジサンはどこかへ消えていった。 あれ? どこへ行ったんだろう? ま、いっか。 ちょうど良かった。 さ、御飯を食べよう。寒い寒い。と、テントのファスナーを閉め、2人でお茶漬けを食べ始めた。「朝のお茶漬けって、なぜか美味しいよねー。」などと話しながら和気あいあいと食べていると、テントの外から「ちょっと。ちょっと。」と、さっきのオジサンの声が聞こえた。 えーー⁈ うそーーーー…、もう…、せっかく食べはじめた時に戻ってきたし…まだお迎えの車来ないのー…? と思いながらテントのファスナーを開けると
「これ、あげるわ。飲んで。寒いから風邪ひかないでよ。」と、買ったばかりのアツアツの缶コーヒーを2本くれた。
えーーーっ! オジサーーン! こんなの買ってもらえるなら、もっと真剣に話を聞いてあげれば良かった! 目の前の朝御飯に目が眩んでオジサンを邪魔者扱いして本当にごめんなさい。
心の中で土下座して謝りながら、口頭で繰り返し礼を言う。
そうしているうちに迎えの車が来て、オジサンはナス農家の仕事に行ってしまった。
再び、テントのファスナーを閉めてお茶漬けを食べ始めるも、自分の浅はかさに呆れてしまって、美味しく食べることは出来なかった。オジサンの買ってくれた缶コーヒーが非常に価値のあるものに思えて、缶を両手で包むように持って飲んだ。オジサンありがとう。仕事に行く前にお金を使わせちゃって、ごめんなさい。オジサンに何か良い事がありますように。心からそう思った。
朝食後、7時に球場前駅を出て、28番大日寺を目指し歩き出す。
サイクリングロードを延々と歩く。信号が無く、整備された道を歩くのは楽しい。9時半頃、野良仕事をしている80才位のオバちゃんが居たので挨拶すると「その小屋にコーヒーとお湯あるから、飲んで休んで行きなさい。」と声を掛けてくれた。 ありがたく休ませてもらう。 オバちゃんは「私も、そろそろ休もうと思ってたの。」と言いながら小屋の奥に入っていった。私達が勝手にコーヒーをいれて飲んでいると、オバちゃんが「何も無いけど、これ食べて。」と、焼きたての厚焼き卵を持って奥から出てきた。ビックリして「えーーーっ!今、私達の為に焼いてくれたんですか⁈」と聞くと「そうだよ。食べて。私も歩きで2回遍路したけど、いろんな所でお茶を御馳走になったから、今こうして、ここで皆にお茶飲んでもらって、お返ししてるの。」と笑顔で話してくれた。なんて温かい心の持ち主だろう。オバちゃんと話していると、こちらまで優しい気持ちになってくるし、焼きたてホカホカの厚焼き卵が嬉しくて美味しくて心にしみる。 本当にありがたい。 笑顔の素敵なオバちゃんと、もっと一緒に居たかったけど、野良仕事の邪魔になりそうなので、厚焼き卵を食べたあと御礼を言って早々に失礼する。
今日は、日中も15℃までしか上がらなかったので、長袖のまま歩き続ける。
途中少し遠回りして、手結の可動橋(跳ね上げ橋)を見に行った。32mもの道路が跳ね上がったまま止まっており、その下を船が自由に往来している。
これが11時になると
実にダイナミックで見応えがあった。この壮大なショウを近くのベンチに座り、柿の種を食べながら見る事ができたのは幸運であった。ちなみに柿の種を食べていたのは私で、夫はマーガリン入りロールパンである。って、そんな事はどうでもいい。
その後、道の駅夜須で昼食を食べ、15時半に28番大日寺で納経を終える。
その後、あらかじめ目星をつけておいた今夜の野宿ポイントを目指して歩く。どんどん気温が下がってきて、もう一枚羽織ろうか、どうしようか迷っているうち16時半に目標の松本大師堂に到着する。
松本大師堂は、一見休憩所にも見える無人の大師堂で、隣は墓地である。墓地の反対隣は平地でコンクリートが打ってあるのでテントを張るには丁度良さそうだ。近くに水場もトイレも有る。墓地の近くなのは、わたし的には全然丁度良くないが、もう日が暮れかかっていて寒いので、これから他の場所を探すのは無理である。大師堂のそばに御近所のかたがおられたので挨拶し、テントを張っても構わないか尋ねると「どこに張っても良いですよ。」と言ってもらえた。
更に気温が下がってきているので、2人で協力しあって急いでテントを設営し「寒い寒い!」と言いながら、テントの中に入った。するとまもなく「あのー、これ、差し入れさせてもらいたいんだけど。」と、先程の御近所のかたが来られ、ヨーグルト2個と、アツアツのヨモギもち2個をくださった。御近所といっても、どこの家か分からないが、1番近い家でも大師堂から100m以上離れている。家に帰ってから、私達の為に急いでヨモギもちを温め、また寒風のなか大師堂横まで来てくれたのだと思うと、本当にありがたかった。
今日は寒い日だったけど、朝の缶コーヒーに始まり、オバちゃんの厚焼き卵、そしてヨモギもちと、三度も温かい物を御接待していただき、高知県のかたがたの心の温かさを感じ、ありがたくて涙が出そうになった。
温かい飲食物というのは、どうしてこうも人の心を温かくするのであろうか。などと考えながら、今日も寝袋に潜り込む。
安芸市球場前駅→手結可動橋→道の駅夜須→28番大日寺→松本大師堂
本日の歩行距離 約 27km
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